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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)9318号 判決 1961年12月23日

原告(第六二一七号事件(本訴)原告・第九三一八号事件(反訴)被告) 福田豊重

被告(第一〇四四四号事件(併合)被告) 東銀商事株式会社

(第六二一七号事件(本訴)被告) 堀秀和

(第六二一七号事件(本訴)被告・第九三一八号事件(反訴)原告・第一〇四四四号事件(併合)原告) 高橋七良司

主文

(本訴=昭和三一年(ワ)第六、二一七号事件について)

本訴原告の請求をいずれも棄却する。

(反訴=昭和三五年(ワ)第九、三一八号事件について)

反訴被告は、反訴原告に対し、別紙目録(一)<省略>記載の土地について東京法務局昭和三一年六月四日受付第八、三六八号をもつてなした所有権移転請求権移転の付記登記の抹消登記手続をせよ。

(併合事件=昭和三五年(ワ)第一〇、四四四号事件について)

併合事件被告は、併合事件原告に対し、別紙目録(一)記載の土地について東京法務局昭和二七年八月四日受付第九、二三〇号をもつてなした所有権移転請求権保全の仮登記の抹消登記手続をせよ。

(訴訟費用について)

昭和三五年(ワ)第一〇、四四四号事件について併合前に生じた訴訟費用は、併合事件被告の負担とし、本訴、反訴及び併合後の昭和三五年(ワ)第一〇、四四四号事件について生じた訴訟費用は、通じて本訴原告(反訴被告)及び併合事件被告の負担とする。

事実

第一、申立

(本訴=昭和三一年(ワ)第六、二一七号事件=関係)

一、本訴原告訴訟代理人は、本訴の請求の趣旨として

(一)  本訴被告堀秀和は、本訴原告に対し、別紙目録(一)記載の土地について東京法務局昭和二七年八月四日受付第九、二三〇号の所有権移転請求権保全の仮登記に基く本登記手続をせよ。

(二)  本訴被告高橋七良司は、本訴原告に対し、前項の土地について同法務局昭和二七年一〇月一日受付第一二、二一七号をもつてなした所有権取得登記の抹消登記手続をなし、同地上に存在する別紙目録(二)<省略>記載の建物を収去して同土地を明渡し、かつ、昭和三一年九月二八日から右明渡済まで一ケ月金五、九八九円の割合による金員を支払え。

(三)  訴訟費用は本訴被告等の負担とする。

との判決並びに建物収去土地明渡及び金員の支払を命ずる部分について仮執行の宣言を求めた。

二、本訴被告堀訴訟代理人、同高橋訴訟代理人は、本訴につきそれぞれ主文同旨の判決を求めた。

(反訴=昭和三五年(ワ)第九、三一八号事件=関係)

一、反訴原告(本訴被告高橋)訴訟代理人は、反訴の請求の趣旨として、主文同旨の判決を求めた。

二、反訴被告(本訴原告)訴訟代理人は、反訴につき、

反訴原告の請求を棄却する。

との判決を求めた。

(併合事件=昭和三五年(ワ)第一〇、四四四号事件=関係)

一、併合事件原告(本訴被告高橋=反訴原告)訴訟代理人は、併合事件の請求の趣旨として、主文同旨の判決を求めた。

二、併合事件被告訴訟代理人は、併合事件につき、

(一)  併合事件原告の請求を棄却する。

(二)  併合事件の訴訟費用は、併合事件原告の負担とする。

との判決を求めた。

第二、主張

一、本訴の請求原因並びに反訴及び併合事件の請求に対する抗弁本訴原告(反訴被告)及び併合事件被告(以下併合被告と呼ぶ)両名の訴訟代理人は、次のとおり主張した。

(一)  別紙目録(一)記載の土地(以下、本件土地と呼ぶ)を含む分筆前の日本橋蠣殻町四丁目一一番の一、宅地九七坪七合五勺は、もと本訴被告堀(以下、単に被告堀と呼ぶ)の所有であつたところ併合被告(当時南西産業株式会社と称していた)は、昭和二七年四月二五日被告堀の代理人天川正巳との間で、両当事者間の取引関係を精算するため、将来右土地を同被告から譲り受ける旨の所有権譲渡の予約を締結し、右土地について同年八月四日東京法務局同日受付第九、二三〇号をもつて所有権移転請求権保全の仮登記をなした。ただし右仮登記には、その原因を同年五月二〇日売買予約と表示してある。

(二)  併合被告は、同年一一月二二日被告堀に対し、両者間の取引関係を決済するため、前項の予約に基き所有権譲渡の本契約を締結すべきことを申し入れ、同被告もこれを承諾したので、同日、右当事者間に本件土地を含む前記土地九七坪七合五勺の所有権譲渡本契約が成立し、併合被告はその所有者となつた。ただし、その本登記手続は未了である。

(三)  本訴原告は、昭和三一年五月三〇日併合被告から本件土地を譲り受けたが併合被告の本登記手続が未了のため、同年六月四日東京法務局受付第八、三六八号をもつて前記(一)の所有権移転請求権移転の付記登記をうけた。

(四)  本訴被告高橋(反訴及び併合事件の原告。以下単に被告高橋と呼ぶ)は、本件土地について昭和二七年一〇月一日東京法務局受付第一二、二一七号をもつて所有権取得登記をなしている。しかしながら同登記は併合被告が被告堀から取得した前記(一)の第九、二三〇号仮登記より後順位にあるから、同被告は併合被告及び同人から本件土地を譲り受け、右仮登記の付記登記をうけたうえ仮登記に基く本登記手続を請求する本訴原告に対抗し得る実質上の権原を有しないことになり被告高橋の第一二、二一七号所有権取得登記は抹消されるべきものである。

(五)  しかるに被告高橋は本件土地上に別紙目録(二)記載の建物を所有して同土地を占拠し、本訴原告の所有権取得後も、同土地の使用収益を妨げ、一ケ月金五九八九円の割合による賃料相当の損害を与えている。

(六)  よつて本訴原告は、被告堀に対し、本件土地について、昭和二七年八月四日受付第九、二三〇号所有権移転請求権保全の仮登記に基く本登記手続を、また被告高橋に対し、(1) 、右本登記手続と抵触する前記(四)の第一二、二一七号所有権取得登記の抹消登記手続をなし、(2) 、本訴原告の所有権を侵害している別紙目録(二)記載の建物を収去して本件土地を明渡し、(3) 、不法占拠開始後の昭和三一年九月二八日から右明渡済まで一ケ月金五、九八九円の割合による賃料相当の損害金の支払いをそれぞれ請求する。

と述べた。

二、本訴の請求原因事実並びに反訴の抗弁事実に対する認否

(一)  被告堀訴訟代理人は、本訴原告及び併合被告の右主張事実に対する認否として次のとおり述べた。

本訴土地を含む分筆前の同町四丁目一一番の一がもと被告堀の所有であつたこと、併合被告が第九、二三〇号の仮登記を経由し、被告高橋が第一二、二一七号の所有権取得登記を経由していること、被告高橋が本件土地上に建物を所有して同土地を占有していることは認めるが、本訴原告が併合被告から本件土地を譲り受け、第八、三六八号の付記登記をしたことは不知、その余の事実は否認する。本件土地は被告堀が昭和二二年九月一日被告高橋に金四四、〇〇〇円で売り渡したものである。

(二)  被告高橋訴訟代理人は、本訴原告が第八、三六八号の付記登記を経由したことは認めると述べたほかは、右(一)のとおり被告堀と同旨の認否をなした。

三、反訴及び併合事件の請求原因並びに本訴に対する抗弁

被告高橋訴訟代理人は、次のとおり主張した。

(一)  被告高橋は、昭和二二年九月一日被告堀秀和から分筆前の本件土地を買受け、同地上に別紙目録(二)記載の建物を建築所有してきた。

(二)  右買受に伴う所有権移転登記手続は、被告高橋から本訴被告堀に対する東京地方裁判所昭和二六年(ワ)第六、三二六号土地所有権移転登記、分筆登記、損害金請求事件において昭和二七年四月一七日終結した口頭弁論に基き同年五月一日言渡された被告高橋勝訴の判決(同年六月五日確定)によつて、同年一〇月一日東京法務局受付第一二、二一七号をもつてなしたものである。

(三)  ところが併合被告は、本件土地について、同年八月四日東京法務局受付第九、二三〇号をもつて同年五月二〇日売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記を経由し本訴原告(反訴被告。以下同様)は、併合被告から昭和三二年六月四日東京法務局受付第八、三六八号をもつて右所有権移転請求権移転の付記登記をうけている。

(四)  しかしながら、併合被告は、右第九、二三〇号の仮登記にそう実質上の権利を何等有せず、同仮登記はその原因を欠き無効なものである。すなわち、

(1)  本件土地について、仮に併合被告の主張するような所有権譲渡の予約が四月二五日に締結されたとしても、これを右仮登記の登記原因に流用することは許されない。仮に許されるとしても、右契約締結当時、天川正巳は適法に被告堀を代理して右譲渡契約を締結する権限を有しなかつたものである。また仮に被告堀が昭和二七年一一月二二日併合被告に対し同土地の所有権を譲渡することを承諾したとしても、それは右譲渡予約の完結ではなく、よしんば天川の無権代理行為の追認とみても、その当時すでに本件土地について所有権取得登記を経由している被告高橋の権利を害することはできない筋合である。

(2)  また仮に、天川正巳に被告堀を代理して、前記契約を締結する権限があつたとしても、本訴原告等の主張する所有権譲渡の予約は被告堀の代理人である天川と併合被告の当時の代表者であつた深沢義治との間の通謀によつて締結された虚偽の意思表示である。すなわち、併合被告は昭和二七年初め頃、被告堀の所有名義になつていた台東区浅草馬道一丁目七番地の四、五、一二の三筆合計二〇一坪四合を競落したところ、そのうち三五坪は被告堀が昭和二二年にすでに訴外斎藤豊義に売却してあつて、その旨の登記手続のみが未了であつたにすぎないことから、右三者の間に紛争が起り、警視庁防犯課家事相談係の斡旋もあつて、併合被告と本訴被告堀との間で最終的に昭和二七年四月二五日併合被告は、金一〇〇、〇〇〇円で右三五坪の土地を斎藤豊義に売り渡すこと、その代償として、被告堀は、その所有に係る日本橋浪花町二二番地の二筆の土地を併合被告に無償で譲渡し、なお、被告堀の所有に係る日本橋蠣殻町四丁目一一番の一(本件土地を含む分筆前のもの)台東区三の輪町一一八番等数筆の土地の管理処分を併合被告に委任し、併合被告はその委任に基き、右各土地につきすでに被告堀が被告高橋、訴外田畑和子等との間で締結している売買契約を然るべき方法で解約し、改めて、より高価にこれらを売却し、よつて得られる利益の六割を併合被告が取得し四割を被告堀が取得するものとし、この意味における管理処分権を行使させるため、被告堀は便宜上右各土地につき併合被告のため仮登記を経由させるが、所有権は、被告堀に留保するものであることを約したものである。従つて、右契約には、本訴原告等の主張するような、将来、併合被告に対し、本件土地を含む右各土地の所有権を譲渡する旨の予約は全く存在しない。

(3)  仮にこれらの事実が認められないとしても、併合被告の第九、二三〇号の仮登記は、被告高橋から被告堀に対する前述の所有権移転登記等請求訴訟の口頭弁論終結後になされたものであるから、被告堀から本件土地について仮登記をうけた併合被告は民事訴訟法二〇一条にいう口頭弁論終結後の承継人に該当し、右訴訟の判決の既判力に拘束されるものである。従つて、併合被告の右仮登記は被告高橋との関係で優先順位を保全する効力を有しないものである。

(五)  併合被告の主張する権利が結局被告高橋に対抗し得ないものである以上、同被告から本件土地の所有権ないし所有権移転請求権を譲り受けたと主張する本訴原告も、いわゆる併合被告の特定承継人にすぎないから、結局被告高橋に対抗し得る実質上の権利を有せず、その経由せる前述の第八、三六八号の所有権移転請求権移転の付記登記も無効であり、抹消を免れない。

(六)  よつて被告高橋は、反訴について本訴原告に対し東京法務局昭和三二年六月四日受付第八、三六八号の付記登記の抹消を、併合事件について、併合被告に対し、同法務局昭和二七年八月四日受付第九、二三〇号の仮登記の抹消をそれぞれ請求する。

と述べた。

四、反訴及び併合事件の請求原因事実並びに本訴の抗弁事実に対する認否

本訴原告、併合被告両名の訴訟代理人は被告高橋の右主張事実に対する認否として次のとおり述べた。

(一) 本訴原告は、(一)の事実のうち、被告高橋が本件土地上に建物を所有している点、(二)の事実のうち同被告が所有権取得登記を経由している点、(三)の併合被告、本訴原告が仮登記同付記登記を各経由している事実、(四)(1) の事実のうち、昭和二七年一一月二二日所有権譲渡の契約が締結された点、同(2) のような和解契約が締結された事実(ただし所有権譲渡の予約がない旨の主張を除く)、(五)の本訴原告が本件土地に関する権利を併合被告から特定承継したものであることはいずれも認めるが、(一)の事実のうち被告高橋が本件土地を買受けた点、四の(1) の事実、同(2) の所有権譲渡の予約が存せず通謀虚偽表示であるとの主張はいずれも否認する。

(二) 併合被告は、(一)の事実のうち、被告高橋が本件土地を買受けた点は不知、(二)の事実は認める、そのほかは右(一)の本訴原告と同様である。

第三、証拠関係<省略>

理由

一、本件土地がもと被告堀の所有であつたこと、併合被告が同土地について東京法務局昭和二七年八月四日受付第九、二三〇号をもつて被告堀から同年五月二〇日売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記をうけていること、被告高橋は同土地について、同被告から相被告堀に対する東京地方裁判所昭和二六年(ワ)第六、三二六号土地所有権移転登記、分筆登記、損害金請求事件において昭和二七年四月一七日終結した口頭弁論に基き同年五月一日言渡された勝訴判決に因り(この点は本訴原告(反訴被告)において明に争わない)同法務局同年一〇月一日受付第一二、二一七号をもつて所有権取得登記をなしていることは各当事者間に争いがなく、本訴原告が同土地について同法務局昭和三一年六月四日受付第八、三六八号をもつて併合被告から同年五月三〇日譲渡による前記第九、二三〇号の所有権移転請求権の移転の付記登記をうけていることは被告堀を除く各当事者間において争いがなく、被告堀との関係では成立に争いない甲第一号証の一乙第二号証によつてこれを認める。

二、被告高橋が昭和二二年九月一日被告堀から本件土地を買受けたことは、成立に争いない乙第一八号証の六、及び弁論の全趣旨に照らして明らかであり、これに反する証拠はない。

三、そこで以下に、併合被告の前記第九、二三〇号の仮登記の登記原因の有無を判断する。

(一)  成立に争いない甲第二、三号証、第七号証の二、乙第二号証、第六号証の一ないし六、九、一〇、第八号証の一ないし六、第一七号証、第一八号証の二、四、六、八を総合すると東京地方裁判所昭和二十五年(ケ)第五八二号不動産競売事件において、併合被告は昭和二七年一月二三日被告堀秀和の所有名義に属する東京都台東区浅草馬道一丁目七番地の四、五、一二の三筆の宅地合計二〇一坪四合の競落許可決定を得、その後右所有者となつたところ、右土地のうち斉藤豊義が建物を所有して居住する部分三五坪は、被告堀が昭和二四年頃すでに同訴外人に売り渡していたものであり、ただその旨の登記手続が未了であつたにすぎなかつたことから、右三五坪の帰属をめぐつて斉藤豊義、併合被告及び被告堀の所有地の管理に当つていた天川正己の間に紛争を生じ、昭和二七年四月頃、警視庁防犯部防犯課家事相談係の斡旋をうけた結果、同月七日頃一応の話合がついたが、さらに併合被告の当時の代表者であつた深沢義治と被告堀の所有地の差配人であつた天川正己との間で詳細な点について話合をした結果、同月二五日右両者の間で最終的に次のような和解契約が締結され、これを書面(甲第三号証)に作成したこと、すなわち、

(1)、被告堀はその所有に係る中央区日本橋浪花町二二番の一及び九の二筆の土地(以下浪花町の土地と呼ぶ)を併合被告に無償で譲渡すること。(第一条)

(2)、被告堀は併合被告のため右浪花町の土地について仮登記手続をなし、併合被告の請求に応じて何時でもその本登記手続をすること。(第三条)

(3)、被告堀はその所有に係る中央区日本橋蠣殻町四丁目一一番の一、宅地九七坪七合五勺(分筆前の本件土地を含む)のほか同番の二、同町一九番の一(以上を蠣殻町の土地と呼ぶ)及び台東区三の輪町一一八番の土地合計四筆の管理処分を併合被告に委任すること。

併合被告は右管理処分の権限に基き、右各土地について被告堀がすでになした売買賃貸等の契約の解約を図り、解約に成功したときは被告堀にとつてさらに有利な条件で改めてこれらを売却する等の処分をすること。

右新規の売却等の処分によつて得た金銭その他これまで被告堀が従前の買主のため負担し立替えてきた金銭で併合被告が同年五月一日以後に回収し得たものから、解約、売却等の手続に要した費用を控除した残額を利益とし、その六割を併合被告、残る四割を被告堀の各所有とすること。

右にいう管理処分をなすことから生ずる紛争はすべて併合被告の責任において解決すること。(以上第二条)

(4)、前項の蠣殻町及び三の輪町の土地について、右にいう管理処分の便宜上併合被告のため仮登記をなすが、土地の所有権は被告堀に留保するものであること。

右仮登記のため被告堀は印鑑証明書、委任状を四月末日までに併合被告に交付すること。(以上第四条)

(5)、併合被告は台東区浅草馬道一丁目七番地の土地のうち斉藤豊義の居住する部分について、金一〇〇、〇〇〇円を受領するのと引き換えに、同訴外人のため所有権移転登記をすること。(第六条)

以上のような趣旨の和解契約を締結するに際して、天川正己は、併合被告の代表者であつた深沢義治に対し、蠣殻町四丁目一一番の一、宅地九七坪七合五勺のうち四四坪九合九勺(分筆後同番の五、本件土地に該当する部分)は被告高橋に、その余の五二坪七合六勺(分筆後の同番の一に該当する部分)は田畑和子にそれぞれ売却済みであること、その他の土地についても賃借人が存在することを告げ、深沢もこれを承知したので、とくに前示(3) のような解約及び売却等の管理処分をなすことから生ずべき紛争についての責任の所在を明示したものであることがそれぞれ認められる。右認定を左右するに足る証拠はない。

(二)  しかしながら、本訴原告及び併合被告の全立証その他本件各証拠によつても、右和解契約の締結について、天川正己に被告堀を適法に代理し得る権限があつた事実を認めることはできない。すなわち、

成立に争いない甲第四号証の一、二、第一〇号証の二、乙第一八号証の八及び前掲甲第七号証の二、乙第六号証の一ないし六、九、一〇、第一八号証の六を総合すると、前記斉藤豊義のほか鈴木敏夫も、昭和二四年頃、被告堀所有の浅草馬道一丁目七番地の前記土地のうち三六坪四合六勺を買い受けていたが、その登記手続が未了であつたため、同土地の競落人である併合被告にその所有権を対抗できなくなり、昭和二七年に長谷川一雄弁護士を代理人として、併合被告と折衝した結果、被告堀において四月二五日締結の和解契約に定められた前示利益の四割に対する権利を放棄し、かつ蠣殻町の各土地について併合被告のため所有権移転の本登記手続をなすに要する被告堀名義の印鑑証明書、委任状を交付するならば併合被告は右鈴木の土地についての所有権移転登記に応ずる旨の話合がまとまり、同年一一月二二日頃長谷川一雄は被告堀に会い右の経緯を告げて同被告名義の白紙委任状及び印鑑証明書を受け取つたこと、その際、被告堀は、右四月二五日の和解契約なるものを知らないから天川正己に確める旨答え、同日長谷川と共に天川に会つてこれを確めたこと、それより数日前、長谷川が、同じ用件で被告堀の母に面会し前示和解契約書である甲第三号証の写を示したところ、同女は、斯る契約は天川が独断でなしたものであるが、関係者に気の毒だから何とかするけれども一方を助けて他が困らぬようにしたいと述べていること、被告堀は四月二五日に和解契約が締結されるまで、その斡旋をしていた前記警視庁の家事相談係に一度も出頭していないし、天川正己は右契約を締結するについて同被告の委任状を提示したこともなく、右和解の斡旋にあたつた同庁家事相談係の町田警部補が天川を被告堀の所有地の代理人と認めた理由は、専ら斉藤豊義が天川を被告堀の差配人であり、紛争の内情に詳しい者であると申し立て同道して来たことによるものであること、従つて、被告堀が天川を出頭せしめたものでないこと、天川は被告堀の義兄にあたり、同被告が未成年者であつた頃から、その所有地の管理の任に当つてきたが、専断の振舞いがあつたので、昭和二六年頃、土地の売却等の処分は、その都度被告堀やその母の承諾を得なければならないと強く申し渡され、土地の差配人としての権限を限定されていたことがそれぞれ認められる。右認定に反する天川正己の供述を記載した乙第一八号証の六の一部は右認定に供したところと対比して措信し難く、また、被告堀名義の仮登記申請手続の委任状である甲第八号証の一乙第五号証も、乙第一八号証の六及び八に照らし、天川の作成に係る部分及び作成者不明の偽造部分からなるものであることが判明するから、右認定を左右し得るものではなく、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

以上の事実に基けば、天川正己は昭和二七年四月当時、なお被告堀の所有地の差配人として、賃料を徴収し賃貸借契約を締結する等の管理権限を有していたことは推測できるが、土地の売却等の処分権限は、一般的に与えられておらず、その都度個別に授権せらるべきものであつたことは明らかである。而して被告堀及びその母が四月二五日の前示和解契約を知らなかつたことその他右に認定したところに照らせば、天川が右の特別な授権を得ていたものと認めることは困難である。したがつて、他に格別の主張もない本件においては、天川が被告堀の所有地を処分するについて同被告を代理する権限を有していた点はその証明がなかつたことに帰するから、本訴原告および併合被告が第九、二三〇号仮登記の原因として主張する実質上の権利は結局これを認容することができないものであり、右権利の存在を前提とする併合被告及び本訴原告の主張はいずれも理由がないものといわざるを得ない。なお被告堀が長谷川一雄に前述のように本登記手続に要する委任状、印鑑証明書を手交したことによつて、天川の無権代理行為を追認したものとみても、これによつて、すでに所有権取得登記まで経由している被告高橋の権利を害することはできないものと解すべきであるから、この事実も、右の結論を左右するものではない。

(三)、のみならず、前示和解契約のうち第九、二三〇号仮登記の登記原因として併合被告や本訴原告が主張するところのものについて、その内容を検討するに、右は併合被告の当時の代表者であつた深沢と、被告堀の代理人と称する天川との間の通謀虚偽表示にほかならず、右契約の締結当時、両者間に、本件土地の所有権を将来譲渡すべき旨の真意は存在しなかつたことが推認される。すなわち、前記(一)において認定した事実及び同認定に供した各資料を総合すると、右和解契約は被告堀が斉藤豊義に土地を売却しながら未登記であつたために、その後に同土地を競落した併合被告との間に、二重譲渡と同様な関係を生じ、その間の紛争を解決するために締結されたものであること、したがつて天川としては、このうえさらに蠣殻町の本件土地等をめぐつて被告高橋や訴外田畑との間に二重譲渡の関係を生じるような羽目に陥らないよう、右和解契約の内容についてとくに注意を払つたと思われる節があること、しかも右和解の内容を記載した書面である甲第三号証から明らかなように、浪花町の土地及び蠣殻町の土地のそれぞれについて併合被告のため仮登記をするけれども、浪花町の土地については併合被告に所有権を譲渡したものであるから、何時でも本登記手続に応ずる旨を明言している(第三条、前示(一)(2) )のにひきかえ、蠣殻町の土地に関する規定は、これと全く異なり、蠣殻町の土地(本件土地も含まれている)の所有権は被告堀に留保するものであり、併合被告の仮登記は便宜上のものであると態々断つていること(第四条、前示(一)(4) )が認められる。(元来所有権譲渡の予約があつてもそれだけでは所有権はまだ移転しないことは自明の理であるのに、右のような文言を明記している)。これらの点を考慮しながら別件における天川正己の証人尋問調書である前掲乙第一八号証の六を検討すれば、右和解契約は、被告堀が本件土地等を被告高橋や訴外田畑に売却した頃(昭和二二年ないし二四年)からみると地価が著しく高騰しているところ、これら買主はいずれも未登記であることを奇貨とし、すでに被告堀が受領した代金を返却し或はそれに幾何かの出捐が加つても、これらの者との間の売買契約を解約し、併合被告の手でより高価に売却できれば、そのための費用を差し引いてもなお相当の利益が残るものと計算し、その四割を被告堀が取得し、六割は併合被告が取得するということに話合がついたが被告堀の立場としては、二重譲渡の事態を惹き起すような方法をとることは欲しなかつたので、あくまで既存の売買契約を解約するという方法を採り、その目的を達成するための交渉の武器として、本件土地について併合被告のために仮登記をすることを約したものにすぎず、それにはただ登記簿上、被告高橋や訴外田畑に優先する者であるかの如き外観をつくり出せば充分であつたから、仮登記の原因として表示すべき内容についての具体的な取り決めもなく、ただ仮登記手続をなすに必要な限度で何等かの登記原因となり得る事由の存在を仮装しようという暗黙の合意が存在したものにすぎないことが認められる。右認定を覆すに足る証拠はない。以上の如くであるから、本訴原告の主張する四月二五日の和解契約には、本件土地について売買その他いかなる形式であれ、被告堀が併合被告に対し、右土地の所有権を真実譲渡し、若くは将来一方の請求により真実譲渡し又は譲渡するための契約を締結する旨の合意は存在せず、右和解契約は、本件土地の仮登記の原因に関する限り一種の通謀虚偽表示たるを免れないものである。なお第九、二三〇号仮登記の申請手続に用いられたと認められる乙第五号証の被告堀名義の委任状も右認定を左右するものではなく、前掲乙第一八号証の六及び八に照らせば、その委任文言たる「昭和二七年五月二〇日売買予約」なる事実はなかつたものと推認される。なおまた、被告が昭和二七年一一月二二日に併合被告に対し本件土地等の所有権移転の本登記手続をなすことを承諾したことによつて、いわゆる無効行為たる虚偽表示の追認があつたとしても、これによつて、すでに所有権取得登記を経由している被告高橋の所有権取得を害し得ないものと解すべきであることは前述のとおりであるから、この点においても本訴請求並びに反訴に対する抗弁はいずれも理由がないことに帰する。

四、そこで併合事件並に反訴の原告から、(1) 併合被告に対し第九、二三〇号所有権移転請求権保全の仮登記の抹消を求め、(2) 反訴被告に対し第八、三六八号附記登記(右(1) の第九、二三〇号仮登記によつて保全された請求権の譲受を原因とするもの)の抹消を求める請求の必要性について考えるに、本件のような場合には、仮登記名義人たる併合被告はすでに抹消登記義務者たる地位を失つているとの理由で附記登記名義人たる反訴被告に対して仮登記および附記登記の各抹消を請求すべきものとの見解もあるが、当裁判所は右のような場合には併合被告に対しては仮登記の、反訴被告に対しては附記登記の各抹消登記手続を求めることができるものと解する。すなわち、仮登記によつて保全された権利の移転の登記については不動産登記法上明文がなく、ただ仮登記によつて保全された順位(同法第七条第二項)がその後の当該保全された権利の譲受人のためにも保持されていることを明示するには主登記の順位により得る附記登記(同条第一項本文)が登記実務上利用されているところ、附記登記といえども一個の登記であり、附記という形式のゆえに附記登記のみの抹消登記請求が許されないわけのものではないことは、例えば附記登記名義人からさらに当該権利を譲受け附記登記を重ねた者がある場合に、この両者間の権利移転行為が無効であるとして抹消登記請求を提起する場合を想定すれば明らかなところである。このように附記登記といえども一個の登記として独自に抹消登記手続の対象となり得るものであるからには権利移転の登記たる実質を有する附記登記の抹消を求める関係では、これを数次にわたる所有権移転登記の抹消請求の場合と区別すべき理由はないものといわねばならない。けだし登記抹消義務は登記簿に表示されている各個の登記毎にその登記名義人に生ずべきものであつて、登記簿上の現在の実体上の権利の帰属者にのみ生ずるべきものではないからである。

以上のような理由により、併合被告に対しては第九、二三〇号の仮登記の抹消を、反訴被告に対しては第八、三六八号の附記登記の抹消を求める訴はいずれも適法であると認める。

五、以上説示したところから明らかなように被告高橋のその余の主張について判断するまでもなく、本訴原告の本訴被告堀に対し、第九、二三〇号の所有権移転請求権保全の仮登記に基く本件土地の本登記手続を求め、また本訴被告高橋に対し、(1) 右本登記手続と抵触する第一二、二一七号所有権取得登記の抹消登記手続、(2) 本件土地所有権に基く、建物収去、土地明渡、(3) 同所有権侵害による賃料相当の損害金の支払を求める本訴の各請求はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、反訴及び併合事件の原告(本訴被告高橋)の本件土地所有権に基く反訴被告(本訴原告)に対する第八、三六八号の所有権移転請求権保全仮登記の付記登記の抹消登記手続を求める民訴請求及び併合被告に対する第九、二三〇号所有権移転請求権保全の仮登記の抹消登記手続を求める併合事件の請求はいずれも理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 野口喜蔵 山本和敏)

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